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東京地方裁判所 平成9年(ワ)19857号 判決 1998年12月11日

原告

吉本邦久

(他二名)

右三名訴訟代理人弁護士

吉村茂樹

右訴訟復代理人弁護士

上原桑子

被告

有限会社ティ・エス・ティ

右代表者取締役

内田重和

右訴訟代理人弁護士

下島正

主文

一  被告は、原告吉本邦久に対し、五六〇万円及び内金四二〇万円に対する平成九年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り一〇万円を支払え。

二  被告は、原告滝沢洋二に対し、四八二万円及び内金三〇〇万円に対する平成九年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り一三万円を支払え。

三  被告は、原告中澤章に対し、二六二万円及び内金一五〇万円に対する平成九年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り八万円を支払え。

四  原告らのその余の請求に係る訴えを却下する。

五  訴訟費用は被告の負担とする。

六  この判決は第一項から第三項までに限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告吉本邦久に対し、次の各金員を支払え。

1  四二〇万円及びこれに対する平成九年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員

2  一四〇万円及び平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り三七万円

二  被告は、原告滝沢洋二に対し、次の各金員を支払え。

1  三〇〇万円及びこれに対する平成九年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員

2  一八二万円及び平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り四〇万円

三  被告は、原告中澤章に対し、次の各金員を支払え。

1  一五〇万円及びこれに対する平成九年九月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員

2  一一二万円及び平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り三五万円

第二事案の概要

一  争いのない事実等(争いのない事実のほか、証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する)

1  内田重和は、平成六年当時城北スクールの進学教室部門の現場を統括する責任者であったが、同年七月末に城北スクールを退職し、千駄木に事務所を借りて同年九月一日に学習塾の経営管理等を目的とする有限会社である被告を設立し、取締役に就任し、被告の代表者となった。

内田重和が城北スクールの進学教室部門の現場を統括する責任者であったことから、城北スクールの講師をしていた者が一七名集まり、同年一一月被告に講師として雇用された。

原告らは被告の設立当初のころからの講師である。

(書証略)

2  被告は、平成六年一一月から平成七年三月にかけてお花茶屋、西新井、亀有及び梅島に進学教室を開設した。これらの開設のために総額六八〇〇万円の内装工事費のほか、総額約二二〇〇万円のリース料(ホワイトボード、電話機、コピー機、机等の事務機器、備品)並びに梅島教室を除く四教室の保証金及び敷金として合計約一四〇〇万円を要した。被告代表者は、内装工事費のうち、六〇〇〇万円を自宅を担保に銀行から借り入れて賄い、リース料は進学教室経営の売上げの中から支払うことにし、保証金及び敷金合計約一四〇〇万円並びに内装工事費の内金八〇〇万円については、講師に資金の提供を求めて賄うことにした。

(書証略)

二  争点

(貸金返還請求)

1 貸金か否か。

2 返済期日到来の有無。

(未払給与支払請求)

3 給与減額の合意の内容(六箇月間に限定する合意であったか否か)

第三当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は学習塾の経営管理等を目的とする有限会社である。

2  原告吉本邦久(以下「原告吉本」という)は、被告に対し、次のとおり金員を貸し渡した。

(一) 平成六年一一月九日 一〇〇万円

(二) 平成七年一二月二一日 二〇〇万円

(三) 平成九年二月二二日 一二〇万円

3  原告滝沢洋二(以下「原告滝沢」という)は、被告に対し、次のとおり金員を貸し渡した。

(一) 平成六年一一月一六日 一〇〇万円

(二) 平成七年五月一〇日 一〇〇万円

(三) 平成七年九月四日 一〇〇万円

4  原告中澤章(以下「原告中澤」という)は、被告に対し、次のとおり金員を貸し渡した。

(一) 平成六年一一月一八日 五〇万円

(二) 平成八年八月一二日 五〇万円

(三) 平成九年二月二八日 五〇万円

5(一)  原告吉本は、平成七年一一月、毎月二五日限り前月一六日から当月一五日までの間の給与として月額四五万円の支払を受けるとの約定で、被告に講師として雇用され、以来、講師としての職務を遂行して来ている。

(二)  被告と原告吉本とは、同原告の給与月額を次のとおり変更(減額)する旨の合意をした。

(1) 平成七年一一月 四五万円

(2) 平成八年五月 四〇万円

(3) 同年一〇月 三七万円

(三)  被告は、原告吉本に対し、平成九年八月以降月額二七万円しか支払わず、月額一〇万円が未払である。

6(一)  原告滝沢は、平成六年一一月、毎月二五日限り前月一六日から当月一五日までの間の給与として月額四五万円の支払を受けるとの約定で、被告に講師として雇用され、以来、講師としての職務を遂行して来ている。

(二)  被告と原告滝沢とは、同原告の給与月額を次のとおり変更(減額)する旨の合意をした。

(1) 平成六年一一月 四五万円

(2) 平成八年五月 四三万円

(3) 同年一〇月 四〇万円

(三)  被告は、原告滝沢に対し、平成九年八月以降月額二七万円しか支払わず、月額一三万円が未払である。

7(一)  原告中澤は、平成六年一一月、毎月二五日限り前月一六日から当月一五日までの間の給与として月額三五万円の支払を受けるとの約定で、被告に講師として雇用され、以来、講師としての職務を遂行して来ている。

(二)  被告は、原告中澤に対し、平成九年八月以降月額二七万円しか支払わず、月額八万円が未払である。

8  よって、原告らは、被告に対し、前記各消費貸借契約及び各雇用契約に基づき、「第一 請求」欄記載のとおり各金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実のうち、平成六年一一月九日に原告吉本が被告代表者に対し一〇〇万円を交付した事実は認め、その余の事実は否認する。貸金ではなく、将来の株式の出資である。すなわち、原告吉本は、被告代表者との間で、被告を株式会社に組織変更した際にその出資とすること又はその株購入資金に充当することを約して右金員を提供した。被告に講師として集まったメンバーの大部分はほぼ自発的に資金を出した。仲間である証の金である。仮に貸金であるとすれば、返済期日が未到来であることは抗弁1(一)で主張するとおりである。

同2(二)の事実は認める。ただし、返済期日が未到来であることは抗弁1(二)で主張するとおりである。

同2(三)の事実は認める。ただし、返済期日が未到来であることは抗弁1(二)で主張するとおりである。

3  同3(一)の事実のうち、平成六年一一月一六日に原告滝沢が被告代表者に対し一〇〇万円を交付した事実は認め、その余の事実は否認する。貸金ではなく、将来の株式の出資である。すなわち、原告滝沢は、被告代表者との間で、被告を株式会社に組織変更した際にその出資とすること又はその株購入資金に充当することを約して右金員を提供した。仮に貸金であるとすれば、返済期日が未到来であることは抗弁2(一)で主張するとおりである。

同3(二)の事実のうち、平成七年五月一〇日に原告滝沢が被告代表者に対し一〇〇万円を交付した事実は認め、その余の事実は否認する。貸金ではなく、将来の株式の出資である。すなわち、原告滝沢は、被告代表者との間で、被告を株式会社に組織変更した際にその出資とすること又はその株購入資金に充当することを約して右金員を提供した。仮に貸金であるとすれば、返済期日が未到来であることは抗弁2(一)で主張するとおりである。

同3(三)の事実は認める。ただし、返済期日が未到来であることは抗弁2(二)で主張するとおりである。

4  同4(一)の事実のうち、平成六年一一月一八日に原告中澤が被告代表者に対し五〇万円を交付した事実は認め、その余の事実は否認する。貸金ではなく、将来の株式の出資である。すなわち、原告中澤は、被告代表者との間で、被告を株式会社に組織変更した際にその株購入資金に充当することを約して右金員を提供した。仮に貸金であるとすれば、返済期日が未到来であることは抗弁3(一)で主張するとおりである。

同4(二)の事実のうち、平成八年八月一二日に原告中澤が被告代表者に対し五〇万円を交付した事実は認め、その余の事実は否認する。貸金ではなく、将来の株式の出資である。すなわち、原告中澤は、被告代表者との間で、被告を株式会社に組織変更した際にはその株購入資金に充当することを約して右金員を提供した。仮に貸金であるとすれば、返済期日が未到来であることは抗弁3(一)で主張するとおりである。

同4(三)の事実は認める。ただし、返済期日が未到来であることは抗弁3(二)で主張するとおりである。

5  同5(一)及び(二)の事実は認める。(三)の事実のうち、被告が原告吉本に対し、平成九年八月以降月額二七万円を支払っている事実は認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

6  同6(一)及び(二)の事実は認める。(三)の事実のうち、被告が原告滝沢に対し、平成九年八月以降月額二七万円を支払っている事実は認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

7  同7(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、被告が原告中澤に対し、平成九年八月以降月額二七万円を支払っている事実は認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

8  同8は争う。

三  抗弁

1(一)  原告吉本と被告とは、原告吉本が被告に対し平成六年一一月九日に一〇〇万円を貸し渡すに当たり、その返済期日について、原告吉本が被告を辞職し、株式会社に参加しないこととなる時期を返済期日とすることを黙示に合意した。

(二)(1)  原告吉本と被告とは、原告吉本が被告に対し平成七年一二月二一日に二〇〇万円、及び平成九年二月二二日に一二〇万円をそれぞれ貸し渡すに当たり、その返済期日について、原告吉本が被告を辞職するとき又は被告の累積赤字が解消されたときを返済期日とすることを黙示に合意した。

仮に右合意がなかったとしても、信義則上、返済期日は右のとおりと解すべきである。

(2) 右黙示の合意又は信義則の根拠となる事情は次のとおりである。

ア 平成七年一二月二一日の二〇〇万円の金銭費貸借契約について

平成七年一二月当時被告は予定していたほど生徒が集まらず、経営不振で、賞与を出せるような状況ではなかった。原告吉本は、賞与も出せないような会社は会社ではないと主張し、自ら二〇〇万円を提供してくれた。被告は、そのうち一〇〇万円余は滞納していた梅島教室(原告吉本が教室長)の家賃に充て、残額は少額ずつではあるが、賞与の支給に充てた。

このように、原告吉本は、被告を運営する仲間として二〇〇万円を出した。

イ 平成九年二月二二日の一二〇万円の金銭費貸借契約について

被告は、平成九年二月当時経営が苦しくなり、梅島教室の撤退を考えていた。原告吉本は梅島教室の教室長であり、自らの職場を維持するために一二〇万円を出した。被告は、梅島教室の移転先の初回支払に要した金額の大半をこの金員で賄ったのであり、梅島教室を閉鎖せず移転にとどめたのはこの金員の提供が大きい。

2(一)  原告滝沢と被告とは、原告滝沢が被告に対し平成六年一一月一六日に一〇〇万円、及び平成七年五月一〇日に一〇〇万円を貸し渡すに当たり、その返済期日について、原告滝沢が被告を辞職し、株式会社に参加しないこととなる時期を返済期日とすることを黙示に合意した。

(二)(1)  原告滝沢と被告とは、原告滝沢が被告に対し平成七年九月四日に一〇〇万円を貸し渡すに当たり、その返済期日について、原告滝沢が被告を辞職するとき又は被告の累積赤字が解消されたときを返済期日とすることを黙示に合意した。

仮に右合意がなかったとしても、信義則上、返済期日は右のとおりに解すべきである。

(2) 右信義則の根拠となる事情は次のとおりである。

被告代表者は、この金銭消費貸借契約に限っては、「できるだけ早く返却する」と話している。この金員は、給与支払の資金不足を乗り越えるため借用した。この資金がなければ従業員の解雇を考えざるを得なかった。仲間である間は返済を求められない筋合いのものである。

3(一)  原告中澤と被告とは、原告中澤が被告に対し平成六年一一月一八日に五〇万円、及び平成八年八月一二日に五〇万円を貸し渡すに当たり、その返済期日について、原告中澤が被告を辞職し、株式会社に参加しないこととなる時期を返済期日とすることを黙示に合意した。

(二)(1)  原告中澤と被告とは、原告中澤が被告に対し平成九年二月二八日に五〇万円を貸し渡すに当たり、その返済期日について、原告中澤が被告を辞職するとき又は被告の累積赤字が解消されたときを返済期日とすることを黙示に合意した。

仮に右合意がなかったとしても、信義則上、返済期日は右のとおりに解すべきである。

(2) 右黙示の合意又は信義則の根拠となる事情は次のとおりである。

右金員は原告中澤が解雇すべきであると主張した講師の解雇予告手当等に充当した。原告中澤は、解雇に要する費用を用意できないから解雇できないと理解して右金員を提供した。

4  各原告と被告とは、平成九年二月一九日、平成九年二月以降の各原告の給与を月額二七万円に減額する旨の合意をした(以下「本件各減額の合意」という)。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)の事実は否認する。(二)(1)の事実は否認し、主張は争う。(2)アの事実のうち、原告吉本が一時金を支給する方向での話をして、二〇〇万円を提供したことは認め、その余の事実は不知。原告吉本は、職員の士気を高めるためにも一時金を多少なりとも支給することが望ましい旨を述べた。(2)イの事実のうち、原告吉本が梅島教室の教室長であったことは認め、その余の事実は不知。

2  抗弁2(一)の事実は否認する。(二)(1)の事実は否認し、主張は争う。(2)の事実のうち、被告代表者が「できるだけ早く返却する」と話したことは認め、その余の事実は否認する。

3  抗弁3(一)の事実は否認する。(二)(1)の事実は否認し、主張は争う。(2)の事実のうち、被告が、原告中澤の提供した金員を原告中澤が解雇すべきであると主張した教員の解雇予告手当等に充当したことは不知。その余の事実は否認する。

4  抗弁4の事実は認める。

五  再抗弁(抗弁4に対し)

1  本件各減額の合意には、六箇月間に限る旨の特約(以下「本件特約」という)があった。すなわち、各原告と被告とは、平成九年一月末日ころ、六箇月間に限って給与の減額を行うことを合意し、この合意を前提に本件各減額の合意をした。

2  本件特約がされた根拠となる事実は次のとおりである。

(一) 原告吉本及び原告中澤は、平成九年一月末日ころ、被告の再建策の話合いのため被告の千駄木の事務局を訪れ、被告代表者と話し合った。その際、被告代表者から、「会社が苦しいので、六箇月間給与の減額を承諾してもらいたい」との提案がされ、原告吉本及び原告中澤はやむなくこれを了承した。

(二) しかし、原告中澤は、給与の減額が六箇月間に限られるのか不安を感じ、同日午後一一時ころ、被告の千駄木の事務局を訪れ、被告代表者に対し、給与の減額が六箇月間に限られることを再三にわたって尋ね、被告代表者は「大丈夫だ」と答えた。

(三) その後原告中澤は、右のとおり確認した本件特約を原告滝沢に連絡した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。

2  再抗弁2(二)の事実のうち、原告中澤が平成九年一月の教室長会議の後、夜被告の千駄木の事務局を訪れ、被告代表者に対し、給与の減額がいつまで続くかと尋ねてきたことは認め、その余の事実は否認する。

被告代表者は、平成九年一月二七日、社員削減(四名減、八名体制に)、家賃削減(梅島教室の移転、お花茶屋教室値下げ交渉)、新規分野の売上獲得(他塾運営指導料・教材制作請負・テスト採点業務請負を受託)の三点を実施する旨口頭で説明し(書証略)、減額に応ずるかやめるか合意を迫った。

原告中澤が、平成九年一月の教室長会議の後、夜被告の千駄木の事務局を訪れ、被告代表者に対し、手取り二〇万円はいつまで続くかと尋ねてきたので、被告代表者は、夏まで(六月末までのことを意味する)の売上げを見て、採算分岐点に達していたら、給与体系を含めて考慮すると説明した。原告中澤は承諾して帰った。

その後、被告代表者は、各社員に対し、平成九年二月一四日付け「メビウス「再生」のために」と題する文書(書証略)で、最も熱心な塾という評判を勝ち取るために六月末までを目標に「無償補講」と「父母面談」を展開する、給与を二〇万円までカットしたい、六月末までの生徒数増加があれば報償金を支給する、他社業務の下請作業に参加の場合は別途手当を支給する、自らの食い扶持を自らで創出しよう、と呼び掛けた。

さらに、被告代表者は、平成九年二月一九日、教室長会議で、五名の社員が離脱すること、そのために相当額の解雇予告手当及び退職金を支払うことになること、売上げが少ないことによる経営難の実情、去るのも大変だが、残る側も給与を一律二七万円とさせていただくこと、これでどれだけ持続しなければならないかは今後の頑張りとしか言いようがないこと、ただし、授業のほかに他の教室で行うテストの採点等の仕事をやってもらえればその分の手当は支給すること、他社への転籍は可能であること等を説明した。給与二七万円は額面であり、給与をこの金額にすることは、同年二月の教室長会議で承諾を求め、原告らを含む各職員から承諾を得た。これには期限が付いていない。

第四争点に対する判断

一  貸金返還請求について

1  原告吉本の貸金返還請求について

(一) 平成六年一一月九日の一〇〇万円の貸金返還請求について

(1) (書証略)(後記採用しない部分を除く)、原告吉本邦久本人尋問の結果及び被告代表者の尋問の結果(後記採用しない部分を除く)によれば、原告吉本が被告に対し、平成六年一一月九日、被告の運営資金として一〇〇万円を貸し渡したこと、その際、被告を株式会社に組織変更するときには右金員を株購入資金に充当することが合意されたこと、被告は、右一〇〇万円を梅島教室を除く四教室の保証金及び敷金等の一部に充てたこと、以上の事実が認められ、(書証略)の記載及び被告代表者の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

右によれば、原告吉本と被告との間で平成六年一一月九日に一〇〇万円の消費貸借契約が締結されたことを認めることができる。

(2) 抗弁1(一)について判断する。

右消費貸借契約締結に際し、被告を株式会社に組織変更するときには原告吉本の貸し渡した金員を株購入資金に充当することが合意されたことは既に述べたとおりである。

(書証略)(後記採用しない部分を除く)、原告吉本邦久本人尋問の結果及び被告代表者の尋問の結果(後記採用しない部分を除く)によれば、右消費貸借契約締結当時、被告代表者も原告吉本も、被告の経営が順調に軌道に乗り、被告が株式会社に組織変更されることを想定し、これを前提に株購入資金に充当することを合意したことを認めることができる。

したがって、(書証略)及び被告代表者の尋問の結果に表われているとおり、被告代表者が、右消費貸借契約に基づく金員の交付についてその実体を出資と受け止めたことは理解できないわけではないが、当事者双方が合意したものと認めることができるのは被告を株式会社に組織変更するときに株購入資金に充当するという約定にとどまるのであるから、消費貸借契約を締結した以上、被告が返還義務を負わないと解する理由はないといわざるを得ないし、原告吉本が被告を辞職しない限り被告に貸金債務の返還義務が生じないと解する根拠も不十分であるといわざるを得ない。

結局、抗弁1(一)の事実を認めるに足りる証拠はない。

(二) 平成七年一二月二一日の二〇〇万円の貸金返還請求及び平成九年二月二二日の一二〇万円の貸金返還請求について

(1) 原告吉本が被告に対し、平成七年一二月二一日に二〇〇万円、及び平成九年二月二二日に一二〇万円をそれぞれ貸し渡したことは当事者間に争いがない。

(2) 抗弁1(二)について判断する。

(書証略)の記載及び被告代表者の供述中には抗弁1(二)(1)の黙示の合意の主張に沿う部分があるが、抗弁1(二)(2)の事実では抗弁1(二)(1)の黙示の合意を認める根拠として不十分であり、(書証略)の右記載及び被告代表者の右供述部分は(書証略)及び原告吉本邦久本人尋問の結果に照らしてたやすく採用することができず、他に抗弁1(二)の黙示の合意の主張を認めるに足りる証拠はない。

また、抗弁1(二)(2)の事実は、返済期日について信義則上抗弁1(二)の主張のように解する根拠としては不十分である。

抗弁1(二)の主張は理由がない。

2  原告滝沢の貸金返還請求について

(一) 平成六年一一月一六日の一〇〇万円の貸金返還請求及び平成七年五月一〇日の一〇〇万円の貸金返還請求について

(1) (書証略)(後記採用しない部分を除く)及び被告代表者の尋問の結果(後記採用しない部分を除く)によれば、原告滝沢が被告に対し、被告の運営資金として平成六年一一月一六日に一〇〇万円、及び平成七年五月一〇日に一〇〇万円をそれぞれ貸し渡したこと、その際、被告を株式会社に組織変更するときには右各金員を株購入資金に充当することがそれぞれ合意されたこと、被告は、平成六年一一月一六日の一〇〇万円を梅島教室を除く四教室の保証金及び敷金等の一部に充て、平成七年五月一〇日の一〇〇万円を職員に対する給与支払の原資に加えたこと、以上の事実が認められ、(書証略)の記載及び被告代表者の供述中右認定に反する部分は、(書証略)に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

右によれば、原告滝沢と被告との間で平成六年一一月一六日に一〇〇万円及び平成七年五月一〇日に一〇〇万円の各消費貸借契約がそれぞれ締結されたことを認めることができる。

(2) 抗弁2(一)について判断する。

右消費貸借契約締結に際し、被告を株式会社に組織変更するときには原告滝沢の貸し渡した各金員を株購入資金に充当することが合意されたことは、既に述べたとおりである。

(書証略)及び被告代表者の尋問の結果に表われているとおり、被告代表者が、右消費貸借契約に基づく金員の交付についてその実体を出資と受け止めたことは理解できないわけではないが、(書証略)に照らして考えると、抗弁1(一)において判示したことと同様、抗弁2(一)の主張は理由がないものというべきである。

(二) 平成七年九月四日の一〇〇万円の貸金返還請求について

(1) 原告滝沢が被告に対し平成七年九月四日に一〇〇万円を貸し渡したことは当事者間に争いがない。

(2) 抗弁2(二)について判断する。

(書証略)の記載及び被告代表者の供述中には抗弁2(二)(1)の黙示の合意の主張に沿う部分があるが、抗弁2(二)(2)の事実では抗弁2(二)(1)の黙示の合意を認める根拠として不十分であり、(書証略)の右記載及び被告代表者の右供述部分は(書証略)に照らしてたやすく採用することができず、他に抗弁2(二)(1)の黙示の合意の主張を認めるに足りる証拠はない。

また、抗弁2(二)(2)の事実では、返済期日について信義則上抗弁2(二)の主張のように解する根拠として不十分である。

抗弁2(二)の主張は理由がない。

3  原告中澤の貸金返還請求について

(一) 平成六年一一月一八日の五〇万円の貸金返還請求及び平成八年八月一二日の五〇万円の貸金返還請求について

(1) (書証略)(後記採用しない部分を除く)、原告中澤章本人尋問の結果及び被告代表者の尋問の結果(後記採用しない部分を除く)によれば、原告中澤が被告に対し、平成六年一一月一八日に五〇万円、及び平成八年八月一二日に五〇万円を貸し渡したこと、その際、被告を株式会社に組織変更するときには右各金員を株購入資金に充当することが合意されたこと、被告は、平成六年一一月一八日の五〇万円を教室開設資金の一部に充てたこと、以上の事実が認められ、(書証略)の記載及び被告代表者の供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

右によれば、原告中澤と被告との間で平成六年一一月一八日に五〇万円、及び平成八年八月一二日に五〇万円の各消費貸借契約がそれぞれ締結されたことを認めることができる。

(2) 抗弁3(一)について判断する。

右各消費貸借契約締結に際し、被告を株式会社に組織変更するときには株購入資金に充当することが合意されたことは既に述べたとおりである。

(書証略)及び被告代表者の尋問の結果に表われているとおり、被告代表者が、右各消費貸借契約に基づく金員の交付についてその実体を出資と受け止めたことは理解できないわけではないが、(書証略)、原告中澤章本人尋問の結果に照らして考えると、抗弁1(一)において判示したことと同様、抗弁3(一)の主張は理由がないものというべきである。

(二) 平成九年二月二八日の五〇万円の貸金返還請求について

(1) 原告中澤が被告に対し平成九年二月二八日に五〇万円を貸し渡したことは当事者間に争いがない。

(2) 抗弁3(二)について判断する。

(書証略)の記載及び被告代表者の供述中には抗弁3(二)(1)の黙示の合意の主張に沿う部分があるが、抗弁3(二)(2)の事実では抗弁3(二)(1)の黙示の合意を認める根拠として不十分であり、(書証略)の右記載及び被告代表者の右供述部分は、(書証略)及び原告中澤章本人尋問の結果に照らしてたやすく採用することができず、他に抗弁3(二)の黙示の合意の主張を認めるに足りる証拠はない。

また、抗弁3(二)(2)の事実では、返済期日について信義則上抗弁3(二)の主張のように解する根拠として不十分である。

抗弁3(二)の主張は理由がない。

二  未払給与支払請求について

1  請求原因5項から7項までの事実(原告らの各雇用契約)及び抗弁4の事実(本件各減額の合意)は当事者間に争いがない。

2  再抗弁1の事実について判断する。

(証拠略)並びに原告吉本邦久及び原告中澤章各本人尋問の結果並びに被告代表者の尋問の結果(書証略の記載及び被告代表者の供述中後記採用しない部分を除く)によれば、被告代表者が、平成九年一月の職員全体会議で、給与を手取り二〇万円にする提案を口頭でし、職員の希望退職を募る話をしたこと、同月末日ころ、原告吉本及び原告中澤が、被告代表者と被告の再建策を話し合い、被告代表者から半年間の給与の減額を求められ、やむなくこれを了承したこと、しかし、原告中澤が、給与の減額が六箇月間に限られるのか不安を感じ、同日午後一一時ころ、被告の千駄木の事務局を訪れ、被告代表者に対し、給与の減額が六箇月間に限られることの確認を求め、被告代表者がこれを肯定したこと、そこで、原告中澤が原告吉本及び原告滝沢に電話でその旨を連絡したこと、平成九年二月一四日、被告代表者は、教室長会議において同日付け「メビウス「再生」のために」と題する文書(書証略)を配布し、給与を手取り二〇万円にする提案を正式にしたこと、右文書には、給与減額の提案についての補足として、ベースの二〇万円は変更せず、例外も設けない、六月末までの生徒数の増減を前年比で教室ごとに集計し、増加数に応じて「報償」金を支給する、支給は教室単位で行い、その配分は教室長の権限事項とする、業界関連の他社業務の下請作業に参加した場合は別途手当を支給する等の記載があったこと、各原告と被告とは、平成九年二月一九日、本件各減額の合意をしたこと、以上の事実が認められ、(書証略)及び被告代表者の供述中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実に基づいて考えると、各原告と被告とは、平成九年一月末日ころ、六箇月間に限って給与の減額を行うことを合意し、この合意を前提に本件各減額の合意をしたものと解するのが相当である。

よって、原告らの再抗弁1は理由がある。

3  原告吉本、原告滝沢及び原告中澤は、それぞれ口頭弁論終結以後の平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り三七万円、四〇万円及び三五万円の月額給与全額の支払を請求しているが、本件訴え中これらの請求に関する部分は将来の給付を求める訴えに当たるから、あらかじめその請求をする必要がある場合に限り提起することができる(民事訴訟法一三五条)。

右各請求中各原告の請求する各二七万円については、被告は、各原告に対して月額二七万円の支払義務のあることは認めており、被告代表者の尋問の結果によれば、口頭弁論終結に至るまでその支払を遅滞していないことが認められ、本件各証拠によっても被告が毎月二五日に月額二七万円を支払わない意思であることを認めることができないから、あらかじめその請求をする必要があるということはできないが、各原告の各月額給与と二七万円との差額については、あらかじめその請求をする必要があるものというべきである。

よって、本件訴え中各原告が平成一〇年一〇月以降毎月二五日限り各二七万円の支払を請求する部分は、不適法であるから、却下する。

三  訴訟費用の負担については民事訴訟法六四条ただし書を適用する。

(裁判官 髙世三郎)

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